街とつながるJP百景 Vol.11 四万十市発! 地元で愛される郵便ポストの上にある意外なモノ

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日本全国に約24,000ある郵便局。それぞれの郵便局の景色は、その街で働く人、暮らす人とのつながりによってつくられています。本企画では、地域と協力しながら、ユニークな取り組みをして独特の色をつくりだしている郵便局をピックアップ。
第11回は、高知県四万十市を旅するなかでライターが見つけた、ひときわ目を引く郵便ポストの謎に迫ります。
日本有数の清流の街で見つけた、印象的な郵便ポスト
豊かな自然に抱かれながら、山あいをゆったりと流れる川。水面は広く、川岸から見下ろすと、その雄大なスケールに思わず圧倒されます。
私が訪れているのは、高知県四万十市。目の前に広がるのは、全長約196km 、四国一の長さを誇る四万十川です。"日本最後の清流"という愛称にたがわず、流れる川の水は思わず吸い込まれそうになるほどの美しさを保っています。

四万十川の魅力を堪能したところで、ショッピングやグルメを楽しもうと、四万十市の中心市街地へ向かいます。レトロな雰囲気漂うアーケード街を歩いていると......んっ、あれは何だ!?

なんと、郵便ポストを囲うように神社の鳥居のようなものがあります!

近づいていくと、なんと小さな社まであり、これはまごうことなき神社! 「東下町(ひがししもまち)稲荷神社」の名前が掲げられ、ピカピカの鳥居や青々としたサカキを見れば、丁寧に管理されている様子がうかがえます。しかし、なぜ郵便ポストの上に神社が!?
気になったので、調べてみることにしました。
公家によってつくられた"土佐の小京都"
まずは手がかりを見つけるために、周辺を散策してみます。
ポストのある中村東下町周辺は繁華街のようで、複数の商店街が交差し、活気ある街並みを形成しています。

しばらく歩いていると、道が碁盤の目のように整備されていることに気づきます。調べてみると、この街は室町時代に、応仁の乱の戦火を避けて下向した公家・一条 教房(いちじょう のりふさ)によって築かれたと伝えられています。碁盤の目のような町割りも、教房が都を懐かしみ、京都の街並みを手本にしたものだそうです。

散策を通して、街の様子や歴史に触れることはできたものの、ポストの謎はいまだに解けません......。そこで、郵便局の方に聞いてみることにしました。
郵便局が建つ以前から地域で親しまれてきた「お稲荷さん」
今回の訪問で、快く質問に答えてくれたのは、四万十市出身で中村下町郵便局局長の竹外さんと、主任の永野さんです。

中村下町郵便局 局長
竹外 あおい(たけそと あおい)さん
2005年入社。2025年に局長として中村下町郵便局に着任。おすすめの四万十の観光スポットは四万十市トンボ自然公園で、家族でよく出かけているそう。

中村下町郵便局 主任
永野 桂子(ながの けいこ)さん
2003年入社。地元の魅力は、コンパクトに何でもそろっていて、すぐ近くに美しい自然があるところ。
「まず郵便ポストの歴史についてですが、『2011年に収集開始』という業務記録しか残っていないんです。ただ、この郵便局が入っている3階建てのビルは1981年に完成しました。それ以前は、お稲荷さんの敷地内にあった旧局舎で営業していたようです。お稲荷さんは、もともとこの地にあり、地域の皆さんに親しまれてきたそうですが、ビル建築時に、現在神社を管理されている東下町商店街振興組合がこの土地を買い上げ、お稲荷さんをビルの3階へ遷(うつ)されたと聞いています」(竹外さん)

なんと昔はビルの3階、しかも屋内に神社が祀(まつ)られていたと知り、驚きました。
「私はこの地域の出身ですが、中村下町郵便局に勤務するまで、お稲荷さんの存在は知りませんでした。ビルのなかにあったので、東下町商店街の方々しか知らない存在だったようです」(永野さん)
では、なぜ3階にあった神社が、郵便ポストの上に遷されたのでしょうか。
これに関しては、お二人とも2012年の移設時にはほかの郵便局勤務だったため、詳しい経緯は把握していないとのこと。ともかく、郵便ポストの上に神社があるというインパクトのある光景は、特に地域外からの来訪者の注目度が高いといいます。

「地域の皆さんに親しまれているのはもちろん、日ごろから観光客の方が見に来たり、写真を撮っていったりする姿をよく目にします」(竹外さん)
「遠方から来て、たまたまポストを見かけた方から、『どうしてポストの上に神社があるの?』と、よく聞かれますね」(永野さん)
郵便局として神社の管理にはかかわっていないそうですが、お供えの水を替えに来る地域の方と挨拶を交わしたり、毎年2月に催される神社の行事に参加したりと、郵便ポストを接点とした地域との交流も多いとのこと。
なるほどという話は聞けたものの、肝心の「なぜ郵便ポストの上に神社が遷されたのか」。理由はこのままわからずじまいなのでしょうか――。

商店街のシンボル! 神社×郵便ポストのシナジー効果
半ば諦めかけていたところ、竹外さんが、実際に神社の遷座(せんざ)にかかわったキーパーソンを二人紹介してくれました。
東下町商店街振興組合の友永さんと、一條神社宮司の川村さんです。

川村さんによると、東下町稲荷神社がこの土地に遷ってきたのは幕末のころ。郵便局ができてからは一時的に一條神社に合同で祀られていましたが、現在のビル建築に伴い、もとの場所に戻ってきたそうです。
「四万十市のなかでも、この辺りの中村地域は、江戸時代からの商人の町で、物流の拠点として栄えてきました。その繁栄を支える象徴として、お稲荷さんが大切にされてきたという歴史があります」(川村さん)
「当時、ビルの3階に神社を設置したのは、"神様の上を人が歩いてはいけない"という配慮からでした。しかし、お参りするのが大変だという問題も生じて、地上への移転を考えていました。それが、2012年にようやく実現したんです」(友永さん)
神社を郵便ポストの横ではなく、上に設置するというアイディアは、観光地などで見られる、地域のシンボルを載せた"ご当地ポスト"からインスピレーションを得たのだとか。 しかし、この斬新な発想には、最初は川村さんも驚かれたそうで......。

「神社は本来、緑に囲まれた静かな環境にあるべきものだと考えていたので、このような形での設置は正直、予想していませんでした。ただ、アイディアとしては面白いですよね。ビルの3階から地上へ遷ったことで気軽に参拝ができ、地域の皆さんにとってもよかったのではないでしょうか」(川村さん)
そして、今ではこの郵便ポストが東下町商店街のシンボル的存在になっていると、友永さんは話します。

「観光客の皆さんは、みんな『何だ、これ!? 』というような反応ですね(笑)。私の店は郵便局の目の前なのですが、写真を撮っていかれる方をよく見かけます」(友永さん)
長い歴史を経て現在の形に落ち着いた、東下町稲荷神社と中村下町郵便局の郵便ポスト。神社と一体になったスタイルは、ある意味"偶然の産物"ですが、地域と郵便局の絆を象徴しているように感じます。
これからもこの場所で、地域の人々が大事にしてきた名物ポストが、この地を訪れる人々を魅了し続けることでしょう。

