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選手兼指導者として地元・奥出雲に貢献。次世代にホッケー文化をつなぐ|私のオンとオフ スイッチインタビュー

働き方 2026.5.15
選手兼指導者として地元・奥出雲に貢献。次世代にホッケー文化をつなぐ|私のオンとオフ スイッチインタビュー

INDEX

約24,000ある郵便局をはじめ、全国で働く約40万人の日本郵政グループの社員。この企画では、それぞれの立場で仕事に取り組む社員の姿勢と知られざるプライベートでの横顔、そんなオンとオフの両面で活躍する社員の魅力ある個性を掘り下げていきます。
今回登場いただくのは、現役のホッケー選手として活躍する青戸さん(島根県・横田郵便局勤務)。ホッケーを始めたきっかけや競技の魅力、仕事との両立法などを伺いました。

青戸 萌(あおと めぐみ)さん

日本郵便株式会社 横田郵便局(島根県) 主任

青戸 萌(あおと めぐみ)さん

2019年、日本郵便株式会社に入社。2024年4月に横田郵便局に着任。競技問わずスポーツ観戦が好き。

「郵便局に来てよかった」と思っていただける対応を

――普段の仕事の内容を教えてください。

青戸:郵便局の窓口で、郵便、貯金、保険すべての業務のお客さま対応を行っています。

――横田郵便局がある奥出雲町はどのような場所ですか。

青戸:1,000年以上にわたって受け継がれてきた伝統的な製鉄技法「たたら製鉄」で栄えた地域で、神話の里としても知られています。この辺りは「ヤマタノオロチ」伝説の舞台で、その物語に登場する稲田姫(イナタヒメ)の生誕地とされる稲田神社もあります。代表的な特産品は仁多米(にたまい)で、 毎年新米の季節には仁多米の発送のために来局されるお客さまも多いんですよ。

横田郵便局周辺の景色。山あいに斐伊川(ひいかわ)が流れる

――仕事で心がけていることは何ですか。

青戸:説明する内容が専門的になることもありますが、時には同僚に相談しながら、お客さまのお役に立てるようなサービスや商品をわかりやすくご案内して、お客さまに納得感を持っていただけるように、そして、お帰りの際には「この郵便局に来てよかった」と思っていただけるような対応を心がけています。

遅いスタートながら、ホッケーにのめり込む日々

――ホッケー選手としてもご活躍されていますね。まずは、ホッケーがどんな競技か教えてください。

青戸:よく、サッカーに似ているといわれます。特殊なプラスチックで覆われた、野球ボールと同じくらいの大きさのボールをスティックで操り、相手チームのゴールを狙って得点を競う競技です。スティック操作には繊細な技術が求められるんですが、その一方で、ホッケーはスピード感とダイナミックさも大きな魅力だと思います。強いシュートだと時速150kmから200kmくらい出るんですよ。

青戸さん愛用の競技道具

――どんなきっかけでホッケーを始めたのですか。

青戸:実は奥出雲町は、公益社団法人日本ホッケー協会公認の"ホッケータウン"なんです。1982年開催の国民体育大会(国体)のホッケー競技会場に奥出雲町が選出されたことがきっかけで、1970年代半ばからホッケーが「町技」として位置づけられ、町全体で普及、発展に取り組んでいます。小学校の授業でもホッケーがあり、ほとんどの子どもは当然のようにホッケーをしていて、二世代、三世代で続けているご家庭も珍しくありません。私はちょっとあまのじゃくで(笑)、始めたのは小学5年生と遅かったのですが、生来の負けず嫌いな性格で、どんどんホッケーに夢中になりました。

中学校の卒業アルバムより。手前が青戸さん

――大学生のころには全国規模の大会で優秀選手に選ばれていますね。

青戸:2017年の全日本学生ホッケー選手権大会、2018年は全日本学生ホッケー選手権大会と全日本大学ホッケー王座決定戦で優秀選手に選んでいただきました。大学では、「こんなにうまい人たちがいるんだ!」と感動しましたね。たくさん刺激を受けて、かけがえのない仲間や尊敬できる指導者の方々と出会って、ホッケー選手としてぜいたくな時間でした。実は、大学でホッケーを続けるかは迷ったんです。高校のときに違う進路を提出したら、ホッケー部の顧問の先生に呼び出されて......延々と説得されました(笑)。今振り返ると、あのとき続ける後押しをしてくれたことにとても感謝しています。

大学時代、全日本学生ホッケー選手権大会でシュートを決めた瞬間! 拳を突き上げて喜びを表現(右から2人目が青戸さん)

――現在はどのような形でホッケーを行っているのですか。

青戸:大学を卒業して奥出雲町に戻ってしばらくは、高校のホッケー部の練習に参加させてもらったり、一人で練習したりしていました。その後、高校・大学のホッケー部の仲間とともに「島根クラブ 」という成年女子チームを立ち上げ、全日本社会人ホッケー選手権大会での優勝を目指して練習に励んでいます。2025年度は過去最高の4位になることができました。

2024年の国民スポーツ大会(ホッケー競技中国ブロック予選)にて(中央、青色のユニフォームが青戸さん)

――ご自身で環境をつくり上げて競技を続けてこられた背景には、どんなモチベーションがあったのでしょうか。

青戸:やっぱり単純に楽しいからですね。ホッケーは、攻守の入れ替えが目まぐるしく変わる、スピード感あふれるゲーム展開が本当に面白いんです。私は今までいろんなポジションをこなしてきましたが、しっくりくるのはフォワード。きれいにつながったパスを受けて、自分のシュートが決まった瞬間は最高にうれしいです。

次の世代に慕われ、未来への架け橋役を果たしたい

――ホッケーの活動について、職場の皆さんやお客さまからはどんな反応がありますか。

青戸:職場の皆さんには応援していただいています。例えば、直近の全日本社会人ホッケー選手権大会は青森県で行われ、大会期間が約1週間だったのですが、「こっちは大丈夫だから、頑張ってきて!」と快く送り出してくださって、本当にありがたかったです。

横田郵便局の皆さんと(前列中央が青戸さん)

また、お客さまからは窓口で「チームのSNS見たよ。この前の試合勝ったんだね!」と声をかけていただいたり、「うちの孫もホッケーやっちょってね!」と会話が広がったりすることも多いんです。ホッケーをきっかけにしてお客さまとの距離が縮まり、その結果として郵便局がよりお客さまに近い存在になれたらいいなと思っています。

――仕事とホッケー、どのように気持ちを切り替えているのでしょうか。

青戸:特に意識はしていません。平日の夜にも練習していますが、職場では制服、ホッケーではトレーニングウェアやユニフォームを身に着ければ、すぐに自分のなかでモードが変わりますね。

――仕事とホッケーの共通点はありますか。

青戸:どちらも「広い視野が必要」という点です。優れたホッケー選手は、まるでフィールドの真上から俯瞰(ふかん)しているかのように、すべてのプレーヤーやボールの位置を把握していて、先の展開を読むことができるのですが、それは仕事においても求められることだと思っています。私は自分のお客さまだけでなく、隣の窓口でどんな内容を取り扱っているかも頭の片隅に置くように心がけています。そうすることで自分の手が空いたらすぐサポートでき、お客さまへのスムーズなご案内につなげることができます。大学時代、監督から「気配りや思いやりがないとホッケーはできないよ」と言われて意識してきたことが、もしかしたら染みついているのかもしれないですね。

――仕事とホッケー、それぞれの今後の目標を教えてください。

青戸:仕事では、いつか自分に後輩ができたとき、「青戸さんみたいになりたい」と思ってもらえる社員になることです。そのために、これからも学び続け、いつでもお客さまにとって最適なご案内ができるように目指していきます。 ホッケーでは、2029年に島根県で開催予定の全日本社会人ホッケー選手権大会までに、島根クラブの実力、認知度を今よりもっと高めていきたいです。そして、県外の大学のホッケー部で活躍している同郷の後輩が「島根クラブでプレーしたい!」と思うような魅力的なチームに育てていき、奥出雲町をホッケーで盛り上げたいですね。実は今、私はプレーヤーとしてだけではなく、地元の子どもたちの指導者としてもホッケーに携わっています。願いは、強いチームづくりよりも、まずはこのスポーツの楽しさを知ってもらい、ホッケーを続けたいと思う子どもを一人でも多く育てること。また、ホッケーを通して豊かな人間性を育てること。子どもたちにその願いを伝え続けながら、奥出雲のホッケーを次世代につなげていきたいですね。

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