"共創"から生まれたオリジナルトマト「さやまる」! 人、地域とつながる日本郵便の「380PROJECT」(前編)

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日本郵便は、2018年10月から「380PROJECT(さやまるプロジェクト)」と題し、長野の研修センターの空き地を活用したトマト栽培に取り組んでいます。収穫されたトマトは、今まで自社の通販サイトのみで販売されていましたが、2022年2月からは一部の郵便局窓口でも注文できるようになります。
そもそも、なぜ日本郵便がトマト栽培に取り組むのか。事業の裏側に迫るべく、「380PROJECT」の発起人である鈴木 雄輔さんに、事業立上げの経緯から現在の状況、プロジェクトへ懸ける想い、今後の展望についてお話を伺いました。

日本郵便株式会社 デジタルビジネス戦略部 係長
鈴木 雄輔(すずき ゆうすけ)さん
2010年入社。都内の郵便局での業務を経て、本社の金融業務部に配属。その後、東北支社秋田中央局へ転勤し、2年ほど地区連絡会で人事・営業のサポートを行う。東京に戻り配属された物販ビジネス部で自主提案した新規事業「380PROJECT」立ち上げのため、2017年に事業開発推進室(現デジタルビジネス戦略部)に異動。以降、新規事業担当として長野でトマト栽培に取り組んでいる。
「誰もが定年まで健康で働ける会社であってほしい」託された願いを胸に新規事業を創業

本プロジェクトが始動する2年前の2016年、当時物販ビジネス部に配属されていた鈴木さんは、上司からの薦めもあり、日本郵便の将来事業を募る社内公募で新規事業の提案を行いました。50〜60件ほどの応募があったなか、鈴木さんの提案は最終候補の7件に残り、経営幹部へプレゼンする機会を得ることができました。
「その時はプレゼンまでで終わってしまったのですが、翌2017年に今度は事業化会議に再度エントリーしたんです。より細部を詰めて収支計画もしっかり作ったところ、それが2018年3月に承認され、同年10月にプロジェクトが本格的に始動しました」(鈴木さん)
新規事業を提案した背景にあるのは、物販ビジネス部での経験と、東北支社秋田中央局に勤務していた際に局長から託されたある願いだと鈴木さんは話します。
「日本郵便では、40年近く『ふるさと小包』などの物販事業を手掛けてきました。ですが、これまでは外部の生産者から仕入れた商品の販売を斡旋するのみで、自社で生産から手掛ける商品はありませんでした。そんな状況のなか、『他で売っていないようなオリジナル商品がほしい』という意見が郵便局からは集まっていたんです。自社商品を開発すれば、そんなニーズに応えられる上、物流ネットワークの強みを活かしながら、既存の物販事業やゆうパックの盛り上げにもつなげられる。そう考えて、一から商品を作ろうと新規事業を提案しました。加えて、秋田で働いていた時に当時の局長から『今後65歳、75歳と定年が延びた時、高齢で郵便配達や貯金・保険窓口を担当するのは難しいかもしれない。この会社で誰もが生涯健康に働き続けられるような、新しい仕事を作ってほしい』と言われたことも大きなきっかけの一つです。」(鈴木さん)
社員に兼業農家の方がいることや、全国の社員が携われる新たな業務の選択肢の一つにしたいとの想いから、自社開発製品を農作物と決めたという鈴木さん。なかでも、赤い色が日本郵便のコーポレートカラーにフィットすることから、トマトやイチゴなどが商品候補に上がりました。生産のしやすさ、値崩れのしにくさなど、総合的に判断した結果、最終的にトマトを選んだそうです。こうして実施に結びついたトマト栽培ですが、目標の一つであった再雇用の機会も創出しています。

「現在、長野でトマトの栽培を行っているのは、私を含めた6名のメンバーです。そのうち1名は日本郵便のOB、そして残り4名は地元で雇用した方々です。『380PROJECT』は、自社のオリジナル商品の開発だけにとどまらず、地域のつながりや雇用の創出も生み出しています。そして、商品化や生産拠点の拡大など、プロジェクトの規模拡大に向けて並走してくれているのが、本社デジタルビジネス戦略部新規ビジネス担当の4人のメンバーです。毎週、定期的なミーティングをおこない、生産量や品質について綿密な情報交換をしたり、新しい販路に向けた議論を常におこなっています。長野の農園だけでなく、東京チームも一緒になって取り組んでいるのが『380PROJECT』です。」(鈴木さん)
農業、新規事業開発......すべてが未経験 日本郵便初のオリジナル商品開発への挑戦
会社だけでなく、自身にとっても経験のない、農業という新しい領域にチャレンジするにあたり、数々の苦労があったと振り返る鈴木さん。このプロジェクトに携わるうえで大切にしてきたのは、「とにかく諦めない」というマインドだと言います。

「プロジェクト立ち上げ前後で、これまで前例のないことを周囲に説明して説得し、認めてもらう過程は一番苦労しました。それまで収支計画を作った経験もなかったので、ツメの甘いところを指摘されては計画書を何回も作り直し、都度、関係者に説明に行きました。数字だけで100%納得させられればそれが一番良いのですが、実施に至ることができたのは最終的には気持ちの部分、熱意が伝わったのかなとも思っています。私はポジティブなタイプではないので、日々の小さなことでめげることもたくさんあるんです。それでも、粘り強く諦めないマインドを持ち続けられるのは、やはり秋田にいた時の局長から託された想いや、郵便局で働く方からの商品を必要とする声があったからだと思います。そして今では、いっしょに取り組むメンバーがいることも、プロジェクトを推進する大きな原動力になっています。昨年の夏にビニールハウスを2棟から6棟に増やしたのですが、その際も様々なデータを集めながら生産計画と販売計画を何回も練り直し、関係者への説明を行いました。増棟の際も最初の立ち上げの頃と同じくらいの苦労や悩みがありました。どんどん事業が大きくなっていくことに、自分自身が押しつぶされそうになった時もありましたが、東京チームが一緒になって悩み、動いてくれたことが大きな後押しとなって、何とか前進することが出来ました。」(鈴木さん)
自然を相手にする農業分野の新規事業において、鈴木さんは日々地道な努力を重ねてきました。一見華やかに見える新規事業、オリジナル商品の実現までには「地道な目配り」が欠かせなかったそうです。そしてプロジェクト発足から数年経った今、一番のやりがいを感じるのは、お客さまからの反響があった時だと言います。

「トマトを栽培する上で大事にしているのは、水の管理や虫の予防などの管理や目配りです。うまく栽培できているのは、メンバーが毎日、それぞれ細やかにトマトを見てくれているおかげです。ずっと紙の上の提案でしかなかったプロジェクトですが、実際に設備が立ち上がり、試行錯誤の結果、誕生したトマトを目にした時には『本当にできたんだな』と感動しました。販売をスタートしてからは、展示会や催事イベントで聞かせていただける『おいしい』というお客さまからの声が一番のやりがいになっています。声はなくても、リピート購入してくださった方がいると『気に入ってくれたんだ』とうれしくなりますね」(鈴木さん)
東京農業大学、東レ建設との共創が生み出した「さやまる」という唯一無二のトマト

同プロジェクトで生まれたのは、「さやまる」と「朝採り完熟トマト」の2種類のトマト。それぞれ、どのような特徴を持つトマトなのでしょうか。
「メイン商品の『さやまる』は、例年2月から5月に出荷している、糖度8以上の基準を満たしたものを厳選したフルーツトマトです。水分量を細かく調整し、トマトに良いストレスを与えることで、高糖度でしっかりとした濃い味わいを実現しています。商品名の由来は、長野市の郵便番号(〒380)から。その他にも"爽やか"、"丸い"といった意味合いも込められています」(鈴木さん)

「また、『朝採り完熟トマト』は、6月から1月の時期に出荷している夏秋のトマトです。味の濃い、栄養価の高いトマトにするため、樹上で完熟させてから収穫するんです。鮮度にとことんこだわり、収穫は朝方の涼しい時間帯に行います。収穫後はトマトをすぐに冷蔵庫に入れ、夏の間はゆうパックのチルド配送でお届けし、鮮度を徹底してキープしています」(鈴木さん)
ビニールハウス2棟から始まったプロジェクトも、今ではビニールハウス6棟に拡大し、年間で10tを超えるトマトを収穫できるほどになりましたが、プロジェクト開始当時は栽培に関するノウハウもなく、相談先探しに奔走したと言います。そこで出会ったのが、東京農業大学の教授でした。
「東京農業大学に相談を持ち掛けたところ、東レ建設と『砂で栽培する高糖度トマト』の共同研究を行っている峯 洋子(みね ようこ)教授を紹介していただきました。もともと二者で研究をされていたところに、参画させていただくことになったんです。東京農業大学と日本郵便で包括連携協定を、三者間の覚書きを結び、連携体制を整えていきました。トマトの栽培施設には、東レ建設のトレファームという設備を導入し、東京農業大学からは常駐の研究員の方を1名、派遣していただいたんです」(鈴木さん)

鈴木さんは長野での栽培開始前に東京農業大学の厚木キャンパスに通い、実地研修を受け実際の農作業を教わったそうです。長野に来てからも、峯教授に定期的にレクチャーを受けながら、研究員の方と協力して栽培を進めていったそうです。

「長野の栽培施設は研究のフィールドにしてもらっているので、栽培開始後も峯先生や研究室の学生さんがこちらに来てデータを測定し、定期的にアドバイスをしてくださっています。トマト栽培施設の設備を作ってくださっている東レ建設からは、『この設備を活用したトマトの育て方』などのノウハウをいただいたり、保守点検をしてもらったりしています。東レ建設は、京都に『トレファームラボ』という農場も持っているので、そこでの取り組みに関する情報をいただいたくこともありますね。自社にないノウハウを取り入れられている点は、外部機関との連携で生み出せる最大の相乗効果だと思います。みなさん、最初の提案の頃から状況を知ってくださっている方たちなので、商品の販売が始まった時には『遂にここまで来ましたね』と、いっしょに手放しで喜んでくださいました。共創によって、関係者の絆がさらに強まっていくのを日々感じています」(鈴木さん)
2018年のプロジェクト開始から4年目を迎える今年、メイン商品の「さやまる」をさらにリニューアルすることについて、鈴木さんは意気込みを語ってくれました。

「2022年2月から『さやまる』をリニューアルし、これまでよりも形や大きさを揃え、選別基準をより厳しくしていく予定です。さらに、パッケージも蓋と箱が分離している化粧箱タイプにし、高級感を感じてもらえるようにロゴマークも新しく刷新します。パッケージのリニューアルは、東京チームが中心となって企画しました。例えば社長秘書が手土産にする場合だったら、例えば御礼の品として新鮮なものをお送りしたい場合、などなど、主な購買層である女性目線での議論がたくさんおこなわれ、随所にこだわりの光る仕上がりになっています。自宅で日常的に食べるというよりは、『さやまる』を『長野の美味しいもの』として多くの方に認知してもらい、贈答用などに使ってもらえたらうれしいですね」(鈴木さん)
想いを持った一人の社員の発案から実現した新事業「380PROJECT」。プロジェクトは今や、全国に販路を持つ郵政の強みを活かしながら外部との連携により新たな価値を生み出す、日本郵便にとってまったく新しい取り組みになりました。続く後編では、同プロジェクトが作り出した地域や人とのつながりにフォーカスしながら、「380PROJECT」の今後の展開に迫ります。
▼さやまるトマト 販売ページは こちら
※撮影時のみマスクを外しています。