私のオンとオフ スイッチインタビュー まさに「かみわざ」! 美術界注目の切り絵作家として独自の境地を開拓

私のオンとオフ スイッチインタビュー まさに「かみわざ」!美術界注目の切り絵作家として独自の境地を開拓

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約24,000ある郵便局をはじめ、全国で働く日本郵政グループの社員。この企画では、それぞれの立場で仕事に取り組む社員の姿勢と知られざるプライベートでの横顔、そんなオンとオフの両面で活躍する社員の魅力ある個性を掘り下げていきます。今回取材したのは、岩手花輪郵便局(岩手県)に勤務する黒須さん。独学で切り絵の技術を習得し、地元・岩手県内や東京などで切り絵作家として活動。精巧な作品が美術界で高く評価されています。その活躍の様子とオンとオフの意外な共通点に迫ります。

黒須 由里江(くろす ゆりえ)さん

岩手花輪郵便局

黒須 由里江(くろす ゆりえ)さん

1997年に当時の郵政省に入省。岩手県釜石市内の郵便局を経て、2023年から現職。切り絵作家としては、県内外の展示会に出品するほか、個展、ワークショップなども開催。

お客さまの話に真摯に耳を傾けて、ベストな提案を行う

――現在の仕事内容を教えてください。

黒須:郵便、貯金、保険など、すべての窓口業務に携わっています。釜石市内の郵便局でも同様の仕事を経験していますが、岩手花輪郵便局では基本的に局長と私の2人体制なので、担当する範囲は広がって、その分責任も増していると実感しています。

黒須 由里江(くろす ゆりえ)さん

――岩手花輪郵便局がある宮古市花輪地区はどのような地域ですか。

黒須:里山と田畑に囲まれ、宮古湾に注ぐ閉伊川(へいがわ)に合流する長沢川がゆったり流れるのどかな地域です。岩手花輪郵便局にお越しになるお客さまは長くご利用いただいている方が多いですね。

岩手花輪郵便局近くに流れる長沢川
岩手花輪郵便局近くに流れる長沢川

――普段、仕事で心がけていることを教えてください。

黒須:まずはお客さまの話をしっかりと聞き、それを踏まえてお客さまに合った提案や情報を提供することを意識しています。お客さま一人ひとりにじっくりと向き合うことを大切にしています。

岩手花輪郵便局
岩手花輪郵便局

神仏からアロワナまで。多彩な題材を切り絵で表現

――2024年に国内有数の美術団体「中央美術協会」の会員に推挙された「切り絵作家」の顔をお持ちですが、切り絵を始めたきっかけを教えてください。

黒須:小さいころから絵を描くことが大好きで、中学校・高校と美術部に所属していました。中学生のとき、美術部の顧問から「これやってみたら? 黒須さんならきっとできるんじゃないかな」とユリの花の図案とナイフを渡されたのが切り絵との出合いです。

それなりにうまくできたのですが、そのときは切り絵にあまり興味が持てなくて......。高校の美術部でもほぼ取り組まずじまいで、高校卒業後は、美術の制作からはすっかり遠ざかっていました。

――本格的に取り組み始めたのはいつだったのですか。

黒須:社会人としてキャリアを重ねて心身ともにゆとりが生まれてきたのが10年ほど前になります。そこで、久しぶりに絵を描いてみようと思い立ちました。ただ、デッサンには自信があったのですが、水彩や油彩などを専門的に学んだ経験がないために色がうまく塗れず、納得できるものが描けなかったんです。

切り絵
下絵はアウトライン程度で、切りながら細かい模様が生まれる

何とかデッサンした線を作品として残せないかと試行錯誤するなかで中学校での体験を思い出し、切り絵にたどり着きました。デッサンするように紙を切り抜くことで、細やかな線が表現できることに気づき、新たな世界観が生まれました。

切り絵
リズミカルに、正確に、1mmにも満たない線を切り出していく

――展示会に出品するようになったきっかけを教えてください。

黒須:当時勤めていた唐丹(とうに)郵便局(岩手県)で切り絵の話をしたところ、釜石市の美術集団を紹介していただきました。何点か作品を持っていくと「出品してみませんか」とのお誘いがありまして。それ以来、展示会に出品する機会が徐々に増えて、7年ほど前からは常に作品の締め切りを抱えた状態で制作を続けています。

――宮古市役所での個展を拝見しました。精緻で、まさに黒須さんの個展のタイトル「かみわざ」であり、多彩な作風にも驚きました。

黒須:世界の神話や宗教、伝統的な習慣などの民俗学に興味があり、それを題材にした作品は多いですね。インドの神話や仏教に由来する鳥頭人身有翼の神をモチーフにした「迦楼羅(かるら)」や、千手観音を主題にした「hands」、バリ島の民族舞踊がヒントになった「バロンダンス」、静御前の舞から発案した「二人静」などで中央美術協会からさまざまな賞をいただきました。

作品と黒須 由里江(くろす ゆりえ)さん
作品「バロンダンス」(右)と黒須さん
作品「hands」
作品「hands」は、手の表情も一つひとつ異なる

また、最近は生物にも惹かれています。中央美術協会の準会員賞を受賞し会員推挙もいただいた作品「まなざし」は、ニワトリがモチーフです。これは、岩手花輪郵便局のご近所の庭先で見たニワトリに惹かれて、思わず「切り絵の題材にさせてください!」と飼い主さんに許可をいただいて制作しました。

作品「まなざし」
作品「まなざし」。受賞記念に作品をポストカードに仕立てて飼い主さんにお贈りしたところ、とても感謝されたそう
デザインナイフ
現在の画題は熱帯魚のアロワナ。使用するデザインナイフは愛用品の1本のみ

――宮古市役所での展示作品は多くが1m超の大作でした。制作日数はどのくらいかかりますか。

黒須:平日は、出勤前と帰宅後に1時間ずつ時間をつくるようにしています。まとまった時間が取れる週末は終日取り組むこともあります。

一作品を仕上げるのに3~4カ月から半年以上かかることもあるので、それだけに完成したときの喜び、解放感は何物にも代えがたいですね。

黒須 由里江(くろす ゆりえ)さんと作品展

切り絵は、お客さまとのコミュニケーションツールにも

――切り絵作家の活動は、仕事にどんな影響をもたらしていますか。

黒須:地元の新聞社から個展の取材を受けたことがあり、その記事を見たお客さまから「あなた、こんなことやってたのね! また個展をやるときは教えてね」と驚きやお褒めの言葉をいただきました。それをきっかけにコミュニケーションを取る機会が増えたのは、よい効果だと思います。

切り絵はいわば自己表現であり、それを評価していただくのは作家冥利に尽きます。また同時に、展示会に出品するには額装や作品の運搬費用、出展料など、それなりに費用がかかるので、仕事を頑張ろうというモチベーションも大きくなりますね。

新聞の取材記事や古典のフライヤー
新聞の取材や中央美術協会の評価表には軒並み絶賛のコメントが並ぶ。左は黒須さんの個展のフライヤー

――作家活動を始めてから、何か変化はありましたか。

黒須:感性を豊かにするためのインプットも大切だと思うようになりました。最近では、写実絵画の収集で知られるホキ美術館の岩手巡回展を見て、とても感動しました。ほかにも、岩手県久慈市での琥珀体験や、青森県恐山から三内丸山遺跡や八幡平を巡ったり、山形県鶴岡市の加茂水族館に有名なクラゲを見に行ったり......。どこに行くにも自分で車を運転して行きます。移動中の風景からもよいインスピレーションをもらうことがありますね。

――フットワークがとても軽いですね!

黒須:よく言われます(笑)。

黒須 由里江(くろす ゆりえ)さん

「信頼」と「集中」がオン・オフを充実させる共通項

――オンとオフ、それぞれの今後の目標を教えてください。

黒須:オンは、誠実にお客さまに寄り添い、適切な提案や手続きを繰り返していくことで信頼関係を長く継続させることです。宮古市花輪地区の金融機関はここ岩手花輪郵便局のみなので、地域にとってなくてはならない存在ですが、同様に私自身も「いないと困る」と思っていただける社員を目指したいです。

切り絵作家としては、中央美術協会での最高賞である「中央美術協会賞」を受賞することが今の目標です。

黒須 由里江(くろす ゆりえ)さん

ところで、この取材で改めて気づいたのですが、切り絵と郵便局の仕事には似ている部分も多いんですよ。

――どのような点でしょうか。

黒須:地味にも見える作業をコツコツと続けていくことや、多くの方々との信頼関係を維持していくことが大切だという点です。切り絵は紙に向かってひたすらナイフを動かしている時間は孤独ですが、展示会の出品や作品の管理、フライヤー制作などいろいろな方の協力がなければ成り立ちません。

郵便局の仕事もこれまで多くの人のサポートがあり、信頼して任せていただけたからこそ成長できたと思っています。

黒須 由里江(くろす ゆりえ)さんと 局長の岩崎 勉(いわさき つとむ)さん
岩手花輪郵便局 局長の岩崎 勉(いわさき つとむ)さん(取材当時:左)と黒須さん

――最後にオンとオフ、気持ちを切り替えるコツを教えてください。

黒須:通勤の行き帰りの運転中に思いっきり歌を歌ってモードを切り替えています。どんな曲を歌っているか? それは内緒です(笑)。

極意

※この記事で紹介したアロワナの作品は、以下の展示会に出品されます。
「第76回中美展 受賞者展」
日程 2025年5月19日(月)~5月24日(土)
会場 ギャラリー 暁
〒104-0061 東京都中央区銀座6丁目13番6号 商工聯合会ビル2F

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