ローカル共創のススメVol.5 三重県尾鷲市で目指す、"ローカルコープ"

ローカル共創のススメVol.5 三重県尾鷲市で目指す、

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「地域(ローカル)」をフィールドとしたプロジェクト、「ローカル共創イニシアティブ」※で各地に赴任している社員を紹介する本企画。

今回は、2022年4月から一般社団法人Next Commons Lab(以下NCL)に出向し、三重県尾鷲市で活動する萩野 泰史(はぎの やすふみ)さんと、東京で活動する矢嶋 あやか(やじま あやか)さんを取材。尾鷲での取り組みにかかわりが深い尾鷲市 水産農林課の芝山 有朋(しばやま ありとも)さんとNCLの代表、林 篤志(はやし あつし)さんにもお話を伺いました。

※公募により選出された日本郵政グループの若手・中堅社員を、社会課題に先行して取り組む地域のベンチャー企業や地方自治体に2年間派遣することにより、新規ビジネスなどを創出することを目指すプロジェクト

萩野 泰史(はぎの やすふみ)さん

日本郵政株式会社 事業共創部

萩野 泰史(はぎの やすふみ)さん

2001年に入社後、都内郵便局に勤務。その後、日本郵便株式会社本社での法人営業、日本郵政株式会社で社風改革などの担当を経て、2022年4月より、事業共創部へ異動と同時に一般社団法人Next Commons Labへ出向。尾鷲市へ移住し、現地調査を担当。

矢嶋 あやか(やじま あやか)さん

日本郵政株式会社 事業共創部

矢嶋 あやか(やじま あやか)さん

2011年、日本郵政株式会社に入社。郵便局勤務、本社経営企画部や広報部、オリンピック・パラリンピック室での勤務などを経て、2022年4月より、事業共創部へ異動と同時に一般社団法人Next Commons Labへ出向し、東京で全体の企画進行を担当。

芝山 有朋(しばやま ありとも)さん

尾鷲市 水産農林課 課長

芝山 有朋(しばやま ありとも)さん

林 篤志(はやし あつし)さん

一般社団法人Next Commons Lab代表

林 篤志(はやし あつし)さん

山と里と海。92%を森林におおわれ、豊かな環境資源を持つ尾鷲市

全国有数の多雨地域であり、総面積の92%が山林におおわれている三重県尾鷲市。江戸時代から林業が盛んで、なかでも伝統的な密植(※)によって育つ尾鷲ヒノキは、高い評価を得て産地銘柄材として流通しています。

(※)株間を狭くして木を密に植えること

ゆっくりと年月をかけて育つ尾鷲ヒノキは、年輪が密で強靭な良質材としてその名を知られています
見晴らしのよい高台から臨む尾鷲の沿岸部(九鬼町)の景色。変化に富んだリアス海岸が続き、平坦地には人々が暮らす里があります

萩野:山と里、海がとても近いのは、尾鷲市の特徴です。山の豊富な栄養分が海へと流れるので、尾鷲市は魚がとてもおいしいんですよ。

市の魚でもあるブリの三大漁場の一つに数えられる尾鷲地方。早朝の尾鷲港には、漁を終えた漁船が続々と戻ってきました

林業、漁業とともに尾鷲市の産業を長らく支えていたのが火力発電でしたが、2018年の火力発電所廃止を機に、尾鷲市は大きな転換期を迎えます。

芝山:昔から尾鷲市は漁業と林業で栄えた町でした。 そこに高度成長とともに火力発電所ができ、煙突は町の象徴のような存在でもありました。 そして今、その撤退を機に新しい町づくりに向けて舵を切りました。 それが「脱炭素」と「ローカルコープ」の実現です。

尾鷲市は、2022年にゼロカーボンシティ宣言を行い、2050年までに温室効果ガス排出量実質ゼロを目指しています。

芝山:尾鷲市の取り組みに日本郵政さんにも加わっていただいて、萩野さんと東京にいる矢嶋さんともつなぎながらいろいろ仕掛けをしているところです。

NCLが提唱し、尾鷲市が取り組むローカルコープとは

ローカルコープとは、NCLが提唱している「第二の自治システム」の構築を目指す新たな社会の仕組みのこと。代表を務める林さんにお話を伺いました。

――ローカルコープについて教えてください。

林:「ローカルコープ」とは、われわれ一人ひとりが住みたい場所に暮らし続けられることを目指した、共同体が存続するための仕組みのようなものです。端的に言えば、その場所に必要なサービスやインフラをどうするかという意思決定やアクションについて、住民自らが行っていける仕組みを作っていこうという取り組みです。そうした「ローカルコープ」の実装を目指す自治体の一つが尾鷲市です。

――ローカルコープの実現に向けて尾鷲市ではどのような取り組みをしていますか。

林:その場所に必要なサービスやインフラに対する意思決定やアクションを行っていくためには、そのための運用資金を住民自らが調達できる仕組みも必要です。そこで尾鷲市では、「自然」を資本とするというアプローチを始めています。例えば、尾鷲の豊かな森を資本とする考え方として、まずブロックチェーン(分散型台帳)という技術をうまく使うことによって、森の環境価値を評価・算定し、CO2吸収量やCO2排出削減量などの環境価値取引市場において、世界中の人たちが尾鷲の森の環境価値を購入できるようにします。そうすることで、森が適切な形で里山里海としてメンテナンスされるようになり、そこにお金が発生し、地域に資本を巡らせるきっかけが生まれると考えています。そして、この森の環境価値を資本とする考え方は、尾鷲市がローカルコープとともに掲げている脱炭素にも寄与するものとなっています。

萩野さんは現地調査、矢嶋さんは地域プレーヤーの後方支援を

――2022年4月から尾鷲市で活動している萩野さんですが、いくつかあるローカル共創の受け入れ地域のなかから尾鷲を選んだ理由は何だったのでしょうか。

萩野:日本郵政グループでは、現在、中期経営計画「JP ビジョン2025」に掲げる「2050年のカーボンニュートラルの実現」に向けて、取り組みを推進しています。そこで、カーボンニュートラルについてしっかりと勉強したいと考え、脱炭素を目指す尾鷲を希望しました。

――萩野さんの主な役割は尾鷲での現地調査ですが、どういったことから始めましたか?

萩野:まずは尾鷲のことを知ることからだと、農園で尾鷲の土を触るところから始めました。農作業を手伝わせてもらって、地元の人たちといっしょに肥料をまいたりしていくなかで信頼を得ることもできましたし、尾鷲の歴史を教えてもらい、地域が抱える課題が見えてきました。

雄大な海と山々に囲まれた尾鷲市内。この美しい景観も尾鷲で暮らす人たちの誇りの一つ

――NCLの本部に出向している矢嶋さんは、どのような役割を担っていますか。

矢嶋:ふだんは東京にいて、各地域で活動している地域プレーヤーそれぞれの活動の支援を行いながら、各地と連携して本部でのローカルコープ事業の骨格づくりに携わっています。実態をしっかり把握するために現地に行くこともあって、萩野さんがいる尾鷲に行ったときには、山と海のつながりなどを教えてもらいました。自然に対する新しい価値を評価する仕組みは興味深いですし、ローカルコープの取り組みを進めるうえで、地域に根付いた郵便局がかかわれることは大きな意味があると思います。

尾鷲市と地元の郵便局とのかかわりについて、尾鷲郵便局の局長 松本 典政 (まつもと のりまさ)さんにお話を伺いました。

松本 典政 (まつもと のりまさ)さん

尾鷲郵便局 局長 

松本 典政 (まつもと のりまさ)さん

尾鷲市の人口減少が進むなか、「地元のお客さまに、郵便局をご活用いただくにはどうすればよいか」について萩野さんと話し合い、郵便局の空きスペースを活用して地元の海苔の発送拠点とするなどの取り組みをスタートさせました。
地域に密着している郵便局だからこそ、地元住民の方の本音やニーズをしっかり把握・分析して、持続可能なビジネスを地元住民の方とともにできればと思っています。
これからも尾鷲郵便局が地域の拠点であり続けるよう、地域のために頑張ります。

尾鷲市が目指すローカルコープと脱炭素の実現に向けて

火力発電所の廃止もあり、市の税収が減るなかで、尾鷲市がローカルコープの実現に向けて始めたことがあります。

萩野:まずローカルコープ実現のための財源を作るために、尾鷲の森を適切に管理・保全することによるCO2吸収量などから「J-クレジット」(※1)という環境価値を生み出すことにしました。J-クレジットをもとに、「SINRA(シンラ)」(※2)というプロジェクトを通してカーボンを「Regenerative NFT」(いわゆるデジタルアート)とともに売り、その一部が尾鷲に返ってくる仕組みです。

矢嶋:SINRAプロジェクトを始めるにあたって、NCLは、他社と共同で株式会社paramitaを立ち上げました。このSINRAの第1弾として行うのが、提携パートナーである尾鷲市との森林保全に寄与する「Regenerative NFT」の販売です。

(※1)省エネルギー設備の導入や再生可能エネルギーの利用によるCO2などの排出削減量や、適切な森林管理によるCO2などの吸収量を「クレジット」として国が認証する制度
(※2)利用者がデジタルアートを保有し、気候変動問題を解決するプロジェクト

萩野:また、ローカルコープとともに、脱炭素に向けた「みんなの森」プロジェクトも尾鷲の森で始まっています。

尾鷲の森では、市内の小中学生を対象とした「山育・木育」「川育・雨育」「海育・とと育」などの自然環境学習プログラムが実施されています

萩野:「みんなの森」は、脱炭素の象徴的な活動とも言えます。生物多様性を尊重した森での新しい教育モデルを構築して、子育て世帯の教育移住を促進します。

――脱炭素の具体的な施策はいかがですか。

萩野:脱炭素は、2本柱で進めています。森林資源の保全を通して温室効果ガスの吸収量を増やすこと。そして、尾鷲の自然環境を損なうことなく、省エネや再生可能エネルギーの取り組みを進めて排出量を減らすことです。再生可能エネルギーについては、尾鷲の美しい景観に配慮しながら、市役所などの公共施設の屋根に太陽光パネルを設置する計画を立てています。

生まれも育ちも尾鷲の芝山さんは、萩野さんにとって"尾鷲の辞典"のような存在

――2年間という出向期間も残りわずかとなってきましたが、今後の取り組みについて教えてください。

萩野:J-クレジットは今後さまざまな用途に活用されていくと思っています。ですから、尾鷲で、J-クレジットの発行の仕方などをしっかり学びたいと思っています。今は、出向先の社員としてSINRAにかかわっていますが、出向の2年間が終わって東京へ戻ってからも、継続して尾鷲の取り組みにかかわることができればうれしいです。

矢嶋:"自然に対する価値を評価する仕組み"が世の中に認められたら、すごく面白いと感じています。環境価値という発想が進むことに興味がありますし、そこにかかわれていることをうれしく思います。萩野さんとも連携して、地域の郵便局も巻き込みながら残りの期間もやっていきたいと思います。

――将来に向けて目標はありますか。

萩野:日本には尾鷲と同じような状況の町が多いので、"尾鷲モデル"みたいな形で、ほかの自治体に横展開できたらいいですね。日本郵政グループには全国に地域に根付いた郵便局がありますので、そうした強みを活かして横展開に寄与できたら面白いなと思います。また、個人的には、山や海といった自然の保全に携わることで、日本郵政グループの新しい価値の創出につながるのではないかとも考えています。

矢嶋:ローカルコープ実現に向けた取り組みは、これからが本番です。日本郵政グループとしても、萩野さんや私といった属人的なかかわりだけではなく、よりグループとしてかかわり続けられる仕組みになっていければと思っています。

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