日本郵政グループ女子陸上部の「失敗が怖い」への処方箋 子どもの立ち直る力を育む親の「待つ力」

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日本郵政グループ女子陸上部 監督 髙橋 昌彦さんに聞きました 「選手がつまずいたときに"立ち直る力"を導き出すカギは"待つこと"だと思います」

スポーツのなかでも特にストイックで"己との闘い"とも言われる陸上の世界で、わずか創部3年目で全日本実業団女子駅伝初優勝。2014年に創部されて以来、8年間で3度の駅伝日本一に輝き、個人ではオリンピック選手を次々に輩出――今もっとも注目される「日本郵政グループ女子陸上部」。監督 髙橋 昌彦(たかはし まさひこ)さんの選手との向き合い方には、私たちの子育てに置き換えてもヒントになることがいっぱいでした。

髙橋 昌彦(たかはし まさひこ)さん

日本郵政グループ女子陸上部 監督

髙橋 昌彦(たかはし まさひこ)さん

かつて、小出 義雄(こいで よしお)監督のアシスタントコーチとして高橋 尚子(たかはし なおこ)選手のシドニー五輪金メダル獲得などに貢献。その後、いくつもの実業団チームを率い、2014年に発足した日本郵政グループ女子陸上部の初代監督に就任。

VERY

VERY編集部

まだまだできると思わせてあげる声がけが大事

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編集部(以下、編)創部3年目での駅伝日本一。活躍の原動力を教えてください。

髙橋監督(以下、髙)日本郵政公社が日本郵政グループとなった約6年後、2014年に女子陸上部が誕生しました。創部発表会において、当時の西室 泰三(にしむろ たいぞう)社長が、ある記者からの"陸上部を持つことでの費用対効果"を問う質問に「経営的に費用対効果を考えて実業団スポーツをやることは正しい方向ではない。『社会への貢献』、『従業員の士気高揚』など、全体的なムードを盛り上げるのが創部の理由です。そして『新しい力』が私たちの会社のなかにたくさんあることを示したい」とおっしゃられた。優勝してほしいなど、プレッシャーをかけるような言葉は一切なかった。そして発表会終了後、机の下から手を差し出し、隣に座っている私に握手を求めてきてくださった。人ってそうされると、この人のためにも絶対頑張ろうって思う。当初の目標は2021年、郵政創業150年の記念の年に優勝できるチームを作ることでした。

編 どう振る舞い、どう言葉をかけるかって大切なんですね。勉強、スポーツ、習いごと......。子どもがつまずいたり、やる気を失っているとき、親としてはもっとできるのに! とついつい思ってしまい、そんなとき親としてどう声がけをしたらいいか日々試行錯誤中です。髙橋監督は、10代の選手から、オリンピック選手まで指導されていますが、どう選手の士気を上げていらっしゃるのでしょうか?

髙 駅伝はチームスポーツ。調子がいい選手をさらに上に引き上げてあげることも大切ですが、むしろ調子を落としている選手をどうケアして上向きにしてあげるかで、チーム全体のムードが上がるということを経験してきました。これは個人にも言えるのではないかと思うんです。いいときは勝手に伸びていくけれど、調子が上がらないとき、何かに失敗したときに、指導者や親はどう導いてあげられるか。それには、声をかけるときのタイミング。特に"待つこと"は非常に大切だと思います。

編 それがなかなか難しいんですよね。つい「なんで?」「どうして?」と子どもから何かを引き出そうとしてしまいます。

髙 僕だってそうですよ(笑)。選手を鼓舞しようと面談したら、気が付いたら俺が全部喋っちゃった! なんてことは、しょっちゅう。まずは選手の言葉を引き出し、その言葉にじっと耳を傾けてあげることが大切だと思います。"待つ"というのは、相手が何かを言ってくるまで黙ることだけではないと思うんです。いかに選手が話しやすい雰囲気を作り、心に響く質問を投げかけ、選手自らが話はじめるような状況をつくれるか。僕もたまにこうやって取材を受けるのは好きなんですよ。なぜなら、監督という立場上、普段はさまざまなことを自問自答していることが多いんですが、取材する方々と(会話の)キャッチボールをするなかで、"あ、俺こんなこと言ってる""実はこんなこと思っていたんだ"って気づかされ、考えが整理される。インタビュアーは、僕に「監督こうした方がいいですよ」「あれはダメですよ!」なんて言わないですよね?選手や子どもと接するのも同じだと思うんです。まずは選手に(子どもに)ちゃんと考えさせる時間を与えること。こちらが先に意見や答えを言うのではなく、彼らに考えさせ、そして喋らせる。だから「質問力」が大事になってきます。

編 監督は毎年有望な選手をスカウトされていますが、〝伸びしろ〟がある選手をどうやって見極めているのでしょうか?

髙 陸上って、小中学校で本格的にやっている子ってまだ少ないから、成績だけでは判断していません。僕が考える"伸びしろ"には大きく分けて2つあって、一つは身体的な余地。もう一つが精神的余裕。"燃え尽き症候群"になっていないか?意欲がどれだけあるか?身体的能力は持って生まれたものもありますが、気持ちはいつからでも立て直す方法はありますね。

編 意欲が低下している選手を浮上させるにはどうしたらよいのでしょうか?

髙 例えば自分で限界を決めつけてしまっている場合がよくあります。そんな子には"いや、君はもっとできるよ"というところを気づかせてあげるんです。そのためには「声のかけ方」が重要。まずは選手が何に悩み、どう考えているのかを知ることが大切。意欲が低下しているなかで、夢のような遠い目標を言ったって選手は反応しない。まず何に悩んでいるのかを探る。例えばうちのチームだと上はオリンピックに入賞する選手もいるなかで、あまりにも高いところばかり見ているのなら、もう少し頑張れば手が届きそうな現実的な目標を設定してあげる。入社したばかりの選手には、まずは高校時代の自己記録を更新してみよう! とか、高い自己記録を持っていて、そう簡単に越えることができないベテラン選手には、今年のシーズンのベスト記録を更新してみようとかなどですね。

また、アドバイスの際には「今回はこうだったけど、あなたにはまだまだ記録を伸ばせる可能性や方法がいっぱいあるから一緒に考えて行こう!」というポジティブな声かけが大切です。奮起を促す意味であっても「そんなんじゃもう無理!」という切り捨てるような言い方はしない。僕がコーチとして携わらせていただいた小出 義雄監督はQちゃん(高橋 尚子選手)に対して毎日「金メダル取れるよ~」と言っていた。例えば苦しい練習のときは「この練習をこなしたら金メダルを取れるからやってみな」って声がけしていました。まだまだできると思わせてあげること。自信を持たせてあげること。これが大事ではないでしょうか。

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編 指導者(親)が、そういうポジティブな声がけを続けることで、選手(子ども)のやる気を引き出すだけでなく、思考のクセも変わりそうですね。

髙 そうですね。伸びる子の特徴はいろいろなことに興味を示し、柔軟な考え方を持っているように思います。「これやってみる?」と聞くと「はいやってみます!」と。失敗してもいい。まずやってみる。最近、僕が本当に感心しているのが大リーガーの大谷 翔平(おおたに しょうへい)選手。多くの努力をしているんだろうけど、本当に楽しそうにプレーしていますよね。打てなかったときも「いい経験になった」というコメントをしていた、と。それに近い選手が、うちの鈴木 亜由子(すずき あゆこ)なんです。彼女もマイナスなことは口にしない。そして人としても本当に気配りができる子で、ライバルチームの監督さんからも「うちの選手たちも亜由子さんのファンが多い」と言っていただけます。

好きな言葉は「塞翁が馬」負けも考え方次第でプラスに

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編 監督は、成績がふるわなかった選手には具体的にはどんな言葉を?

髙 「よかったね!」って(笑)。だって、自分がダメだったのは本人が一番わかっている。「何やってんだ!」って追い打ちをかけてもまったく意味がない。失敗は失敗でとっても貴重。私が好きな言葉は「塞翁が馬」。人生は予測ができないことばかり。例えば今はよかったと感じていても、先々もそれがよいことなのかどうかはわからない。逆にひどく落ち込むようなことに直面したとしても、むしろそのおかげで、チャンスに転じることがある。実は私の人生、まさしく「塞翁が馬」の連続。人は負けたときほど考える。勝ったときは確かによろこびや感動はあるけど、負けたときほど深く検証していない。負けたことでより深く物事を考えるチャンスをもらえたと。失敗は次のステージに上がるための大事なステップです。うちの選手で、今回の東京2020オリンピックにも出場した廣中 璃梨佳(ひろなか りりか)が、6月の最終選考会で優勝して代表内定をもらったのですが、思ったような記録が出なくてガッカリしていたんです。原因は暑さによる脱水症状。だから廣中には「よかったね!7月のオリンピック本番はもっと暑いよ。対策を万全にしようね」って。そしたら高校時代、夏のインターハイでも4位が最高だった子が世界の舞台で7位に入賞しちゃった。鈴木 亜由子もそう。昨年1月末の大ケガの影響もあって、オリンピックの結果(女子マラソン19位)は、鈴木の慎重さが仇になった。彼女は人生イチ後悔したんじゃないかな。指導者としての私が、彼女に対してもう少し準備段階から勇気を振り絞ってプッシュできていたらメダルも夢ではなかったと思っているんです。鈴木はオリンピック後、再始動までには気持ち的に少し時間が必要だったのですが、この経験をもとに自分の一番弱い部分に気づきはじめているんです。だから2024年のパリはすごく楽しみ。

編 本当にそうですね。今日髙橋監督とお話をさせていただいているだけでポジティブな気持ちになれました。私も親の声がけから見直してみたいです。今後の日本郵政グループ女子陸上部の活躍と、鈴木選手のパリ五輪も楽しみです!

インタビュー動画

次回は、鈴木 亜由子選手に、挫折から自分らしく"立ち直る力"の原動力について伺っていきます。

日本郵政グループ女子陸上部、鈴木亜由子選手に聞く「失敗から前に進めるとき」

協力/VERY編集部
撮影/吉澤健太 ヘア・メーク/シバタロウ、谷口結奈<ともにP-cott> 取材・文/嶺村真由子

※撮影時のみマスクを外しています

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